2026_09_11
言語学的なアプローチで作家を考えられないかと思い、統語論を参考にして、「美術館における作品の形式を言語学における統語論的に当てはめ、それを撹乱させるかのように入れ替えを行うことによって言語的な作品を制作している。例えば、[Museum → Artist + Work] [Artist → Name + Biography] [Work → Title + Year + Medium + Size]という美術館における作品の取り扱いの形式があり、それを[Artist → Museum + Work]などといったように言語的に組み換える。」という作家を考えた。この作家の面白いところは、美術の概念を撹乱させることと最小限の制度を無限に生成することができるところだと思う。
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「アーティスト。言語学者ノーム・チョムスキーの生成文法における基本操作「Merge(併合)」に影響を受け、アルファベット26文字をメディウムとして作品を制作している。二つの要素を併合して一つの構造をつくり、その構造をさらに別の要素と併合するという操作を反復する。A + B → [A B] [A B] + C → [[A B] C]というように、有限の26文字から、再帰的に無限の構造を生成していく。」のマージという言語学的なアーティストと少し似ている。このような言語学的なアプローチも面白いなと思う。
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昨日陶芸家でアーティストの平井くんと電話で話して、リサーチって結構大事というか、かなり平井くんは丹念にリサーチしていて感銘を受けた。僕ももっとリサーチする名義とかもあってもいいのかもしれない。
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先ほど書いたように、少しだけ言語学に興味がある。それは概念をある意味僕は扱っている名義が多いというのもあるし、こうして言語的に作品のアイデアを考えることが多いというのもある。
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アイデアに関係している本をアマゾンで買うだけで、読まなくても、謎の安心感を得られる。今は、ノーム・チョムスキーの「言語と精神」を買おうか迷っている。この本は前にも書いたが、理論より思想よりなので、まだ読みやすいかと思う。
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一貫性をつくることは、ある意味社会的な認知の中での立ち位置をつくりだすことであるなとは思う。そういった意味で僕は、階層の異なる一貫性をつくることで、社会的に認知されたいのかもしれない。その社会的認知は結構難しくて、苦戦しているのだけど、ChatGPTいわく、わかりやすい入口をつくることが重要だという。わかりやすい入口…。『Cream Soda Museum』は僕の中で一番の代表作だと言えるけれど、もう作家数が多すぎて、わかりやすい入口ではない。
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昨日は平井くんと24:00まで話してしまったからまだ眠くない。コーヒーも2杯飲んでしまった。でも楽しかったからいいか。
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言語学とはちょっと関係ないけれど、1000の名義を持つ中村悠一郎の別名義の作家をつくるとか。リストをつくる。JPEGで作品画像を作品化する。将来の自分が1000個名義を持つぐらいになると仮定して。
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僕は何についてリサーチすればいいのだろう。射程がかなり広いから、テーマがパッと浮かばない。直近で気になるのはノーム・チョムスキーの生成文法とかあとは言語学的な統語論についてとか。でも、量子力学とか気候変動とかアナキズムとかコミューンとかそういったことにも興味があるし、制作で忙しいというのと、アカシジアでじっとしていられないから本が読めない。
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昨日の最後に、「こういった断片的な文章も先ほど書いたように、日付という時間的な文脈から切り離すことで、一つの自律したテキストとして扱うプロジェクトというか、名義を考えられないか。そして、さらにその断片をまたアッサンブラージュさせて、架空の日の日記をつくるとか。」という架空の日記を過去の時間軸の日記から引き剥がして生成するというアイデアを書いたのだが、これは、もうちょっとずつ始めてみてもいいのかもしれないなとちょっと思った。
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今日は『Y・N MUSEUM』の更新をしたいと思っている。昨日はできなかった。2022年の年の作品のアップをしたい。確かほとんどはがきサイズにパターン的なドローイングをしたものが多いのではないだろうか。
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あとは、統語論を参考にして美術館制度を言語的に組み換える作家(名前はまだない)をVOCA用に画像化してアップするということもやりたいなと思っている。
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昨日喋った疲れがあるのか、日記をあまり書く気が出ない。なんとか書いているけれども。2時間ぐらいしかまだ寝ていないというのもあると思う。
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「量子論アナキズム」という言葉を確か去年あたりから考えていて、何回かChatGPTに相談しているけれど、いまいちパッとした作品のアイデアが浮かばないというか。でも、そのぐらいの思想性みたいなところを「わからない」からこそできるものを考えてみる、ということをしてみたい。
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「量子論アナキズム」で使えそうな理論として、哲学者で物理学者のカレン・バラッドの「エージェンシャル・リアリズム」や「intra-action」が使えるかもしれない。「宇宙の途上で出会う」という大著が家にもあるけれど、まだ1ページも読んでいない。
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というか、量子論がそもそもよくわかっていない。けれど、多分、僕は興味があるのだと思う。めちゃくちゃ専門的な科学的なところまではいけないと思うけれど、少しリサーチしてみたい。
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ChatGPT的にはこの量子論アナキズムは僕の思想にかなり親和性が高いみたいで、それを柄谷行人の「交換様式D」にまで接続して、こうまとめてくれた。「量子論アナキズムとは、主体・価値・所有・制度・交換の形態を単一の状態へ固定する権力に抵抗し、それらを複数の可能性へと開き続ける実践である。交換様式Dとは、その政治経済的な現れである。」
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量子論アナキズムの制度などが固定されていない状態というのを千葉雅也の「仮固定」という言葉で言い表すことができないか。「世界には主体・作者・国家・貨幣・作品・制度などの最終的な形態があらかじめ存在するのではない。それらは関係のなかで一時的に「仮固定」される。しかし、その固定はつねに別様に組み替えられる可能性を残している。」例えばこんなふうに。
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量子論アナキズムについては、もう少しアイデアを寝かしておくと面白いかもしれない。多分もっと面白いアイデアが思い浮かぶはず。
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「生成制度論」というジル・ドゥルーズの生成変化やノーム・チョムスキーの生成文法、千葉雅也などに影響を受けた制度思想というアイデア。千葉雅也の仮固定などとも関係する。ありとあらゆる制度が固定的なものではなく、生成途中のものとして、一時的に仮固定されているという思想。
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「生成制度論」は直接それを表しているわけではないけれど、Y・Nのドローイングと親和性が高そう。中国の南京で展示したときは、ドゥルーズの生成変化をテーマにステートメントを書いた。大量にドローイングが生まれる過程自体も生成変化的だし、もちろんドローイング自体が生まれる過程も生成変化的でもある。
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『量子論アナキズム国』というアイデアをもとに、国家を作品としてつくる名義水鳥太郎の新しいプロフィールを考えてみた。「国家作家。様々な種類の新しい国家を独自にアートとして創作している。2025年1月11日に、第一作目として、『スマートネーション』という、国境というものの存在が全世界の一人一人の人間そのものである国家を勝手に樹立した。国境のみこそが国家の条件であり、それ以外の国家としての条件(憲法、法律、国民の義務、貨幣、祝祭、外交など国家にまつわる諸条件)は全て未完成に留めている。この国家では、国境は常に流動し、決められた線ではなくうごめく点として機能するであろう。2025年5月4日には、アーティストである島丸由一郎が発明したインターネット上にも現実の空間にも存在しない空想上の仮想空間であるMeta Metaverse上に、架空の人間よりも知能の高いタコたちが人間を統治している国家『Octopus Nation』を樹立した。2025年6月2日には、色彩のための国家『色彩国家』を樹立。人間はあくまで色彩の代理人として機能し、この国家では市民権を持たない。2026年9月11日には、アナキズムでありながら国家を持つという矛盾を内包した『量子論アナキズム国(Quantum Anarchist State)』を建国。国家/非国家、政府/無政府、国民/非国民といった相反する状態が同時に存在し、必要な瞬間にのみ制度がどちらかに「仮固定」される国家を構想している。」
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「今まで読んだ本には必ず気になった文章に付箋を貼っているのだけど、そこの写真をiPhoneで撮って、テキストデータ化したい。クレマン・ベンヴェニストの『ペルプンパの森』をやっていなかったというのもあるし、エッセイとか論考的なテキストも書けるようになりたいからでもある。引用元として使用したい。」昨日、このようなことを日記に書いたのだけど、南方熊楠のことを調べていたら大量に抜書をしていたのだという。思い出したのは、マルクスも相当な量の抜書をしていたと思う。南方熊楠の場合の方がアメーバ的思考の広がりを持っていて面白いと思うけれど。
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南方熊楠についてももっとリサーチしてみたいな。南方曼荼羅に代表されるように、ありとあらゆる「事」が絡み合う世界観。少し『Cream Soda Museum』と近いところがあるような気もするし。
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哲学者唐澤太輔の「粘菌哲学」もアマゾンの欲しいものリストに入っていた。買おうかな。どうしようかな。
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少し思考がオーバーヒートしている。ちょっと音楽でも聴きながら休むか。それとも寝るか。
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生成制度論はやはりVOCAでは発表しないでおこう。
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デスクトップのフォルダを少しだけ整理。VOCA用のは残して、本家の『Cream Soda Museum』用のは、「別名義5」のフォルダへ移動した。
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今日は中村裕一郎の『Yuichiro Nakamura Smartphone Photos』用の写真をレイアウトしたりアップしたりするやる気が出ない。どちらかというとコンセプチュアルな思想とかアイデアを考えることの方がやる気が出る。そういう日なのかもしれない。
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「言語。アーティスト。「ら」という一文字によってのみ使用することができる言語。ありとあらゆる意味は「ら」によって表現され、原理上あらゆることを表現できるが、コミュニケーションが成立することはまれである。」らという名義を考えた。言語の通貨「な」とちょっと近いが、こちらは言語そのもの。
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1日ごとの最低限のゴールとして、日記というのは使えるかもしれない。日記を1行でも書いたら、その日は目標達成したとか。
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昨日も書いたけれど、『Cream Soda Museum』全体のカタログはやっぱ難しいかもなと。でも貯金はけっこう貯まってきたから、貯金だけ続けようかなと思う。
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とりあえず、iPhoneの写真を中村裕一郎の『Yuichiro Nakamura Smartphone Photos』用にダウンロードのフォルダにエアドロップ。パラダイスエアで松戸にいた頃とか、松島に池上さんと行ったときの写真とか。
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ステートメントを先日書いたけれど、そこでは作者の一貫性を批判するような感じで書いていたけれど、僕が本当にやりたいことは、制度批評の一個階層が下の具体的にたくさんの名義をつくって、様々なことを試す、ということなのかもしれないとちょっと思った。まあ、そういう意味では作者の一貫性批判ではあるのだけれども。
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本の抜書きをしたいとずっと思っているので、とりあえず、スモールステップとして、10冊ぐらいの読んだ付箋の貼ってある本を机の上に積み上げた。ここから付箋の箇所を写真にとって、メモ帳で文章化する。
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本の抜書きをしたいと思う気持ちになったのは、こうして日記を書いて言語化している日々があるからなのかもしれない。
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気候変動の問題についても、批判とかアクティビズム的な問題として捉えるのではなく、もうちょっとメタな視点というか、現象的な視点で捉えて何かできないか、とずっと思っている。
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気候変動について、人類学的な視点で読み解くのであれば、ティム・インゴルドの「生きていること――動く、知る、記述する」が良さそう。ちょっと高いけど、買う価値はあるかもしれない。
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今までのChatGPTとの会話の中からメモを抜書きしたい。日記ではなく、『Yuichiro Nakamura Ideas』のアイデアメモの形式で書き、少し寝かせる。寝かせることで、無意識的に自分の中で問題意識と繋がることを期待して、いつか日記に反映させる。
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今までのChatGPTとの会話の中から少しメモを抜書きした。超最近ので、ティム・インゴルドの気候論とノーム・チョムスキーの「言語と精神」について。
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生成制度論とデヴィッド・グレーバーとデヴィッド・ウェングロウの「万物の黎明」は相性がいいのではないかと思い、リサーチしてみた。生成制度論では、「国家・美術館・貨幣・学校・作者などあらゆる制度を固定的なものとしてではなく、生成の途中で一時的に仮固定されたものとして捉える」ものである。「万物の黎明」では、制度は歴史的に、思っている以上に可変的だったという。「A→B→A’→C→B’→….」というように、制度は制度になり続けている。
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今は、いろんな哲学や言語学、人類学などの知識をいろいろとリサーチしているが、最終的な作品としては(これも作品なのではあるが)、知識なしでも楽しめるような造形的なものをアウトプットしたいという気持ちがある。
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ChatGPTの会話の内容からアイデアメモの抜書きすると、『Yuichiro Nakamura Ideas』の枚数が捗るな。先ほどもいったけれど、これを寝かせる。あとは、一文字いちもじ肉筆で書いているから、少しだけ覚えれるというのもある。