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2026_09_23

1時過ぎに、一旦起床。《フューチャーマヨネーズ》用に、中村裕一郎の《Yuichiro Nakamura Smartphone Photos》のプロジェクトについての批評文を、本間結希名義で執筆。幸先のいいスタートだ。

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日記を書いているからか、スラスラと書けてしまう。これでいいのかはわからないが。批評も時間をかけて、たくさん量をこなしていけば、いいものが書けるに違いない。そんな感じのポジティブな気持ちでいる。

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とりあえず、《Yuichiro Nakamura Ideas》のサイトでアイデアメモを拡大できるようにリンクを設定する作業。夜中だけど。全部は一気にできないので、少しずつ。

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まだ、《フューチャーマヨネーズ》のサイトをつくろうか迷っている。時間はなくはないが。一度始めると時間けっこう取られるし。

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最近は、書くことへの興味はあるけれど、他人のことについて書いたり、論じたりすることには、一切興味がないんだよな。他人から書いてもらうことには、興味はすごくあるんだけども。

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今日こそ、中村裕一郎の《Yuichiro Nakamura Smartphone Photos》の写真のレイアウトとアップロードをしたい。何日もしたいと思っていたけれど、できていないので。

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結局、《フューチャーマヨネーズ》は長澤真莉の一人が設立というかディレクションしているプロジェクトで、その中にあるメディアの担当者が複数人いるという設定にすることにした。

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こういう感じでちょっとずつ、会社とか資本主義を真似する感じの方向とかもいいかもなとちょっと思った。それは、資本主義礼賛っていう感じじゃなくて、あくまで社会的な仕組みを模倣するという意味で。

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そろそろ、日記のメモがたまってきたから、一度ページをつくって、アップロードしようか。

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「川童タカヒコによる《一人ワークショップ》のための試論」鯖江椛という論考も書いた。今日二つめのテキスト執筆。そこまで長くはないけれど、少し疲れはするな。でもまだ余裕ではある。

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前にも書いたかもしれないが、批評する観点からいうと、作品数が多すぎるのは書きにくい。数が絞られている方が、論点が明らかにしやすいので書きやすい。今までこの視点はなかった。

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本がアマゾンで届いた。平倉圭さんの『かたちは思考する』。ずっと前から気になっていた。制作論として使えそうな気がしたので。

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とりあえず、長澤真莉の《フューチャーマヨネーズ》のドメインを取得した。できたら今日サイトをつくりたいと思う。

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昨日は、7枚の《Yuichiro Nakamura Ideas》のアイデアメモを書いたのか。けっこう書いた。なので、今日はアイデアメモはそんなにやらないでいいかな。

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積読がたまっていくが、それでいい。

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とりあえず、《フューチャーマヨネーズ》のサイトが大まかにできて、昨日、今日で執筆したテキストをアップすることができた。これは、なかなか面白い試みなのではないだろうか。特に、引用元まで、自分というのは、珍しいのではないか。

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あとは、のちほど《Cream Soda Museum》に長澤真莉の《フューチャーマヨネーズ》のロゴの画像のアップとページをつくって、リンクを貼るという作業をしよう。それまで、ちょっと休む。

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けっこう外は涼しい。散歩に出かけようか迷ったけど、今日もいいか。

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Google アナリティクスを見ると、今日は、9人もアクセスがある。そのうち7人はシンガポールから。今年に入ってから、シンガポールからのアクセスが続いている。

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やっぱり、《Yuichiro Nakamura Ideas》のアイデアメモを少し書こうと思う。アイデアメモを書くと、日記よりも思考のエネルギーが出るので。

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この中村雄一郎の日記《Yuichiro Nakamura Diaries》から、長澤真莉の《フューチャーマヨネーズ》へ引用とかしてもいいかもしれない。要は、全て自分で書いたものであればいいという縛り。自己完結性を保てれば。

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そうであれば、もっと分析的な文章とかもあってもいいのかもしれない。作品自体から読み解けるような。

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クレア・ビショップの『人工地獄』も買っておいてもいいかもしれない。ボリス・グロイスの本も何冊かあるけれど、こういういわゆる現代アートのテキストというのを意外とあんまり読んでいないというか。

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ダニエル・ホールぐらい、作品数が少ない方が逆に書きやすいのかもしれないな、とちょっと思ったり。ダニエル・ホールはやっていることがわかりやすいというのもある。

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早速だが、ダニエル・ホールについての批評を書いた。少しだけど、こういった自分のテキストを引用して論を立てるという形式に慣れてきた気がする。

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2026年分の《Yuichiro Nakamura Ideas》のサイトのアイデアメモの拡大できるように設定する作業を終えた。とりあえず。まだ2025年分があるが。

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《フューチャーマヨネーズ》の「Around Here, I think」にて、川童タカヒコの《一人ワークショップ》論を書いた鯖江椛であれば、Zero-Person Performance Art Festival実行委員会の《Zero-Person Performance Art Festival》についても、逆転という視点で書けそうな気がする。

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オンラインアーティストランスペース《It Must Be Too Late》の前に始めた展示についても、《フューチャーマヨネーズ》で書けたらいいな、とちょっと思ったけど、作家数が多すぎて、書きにくい。もっと作家数を絞ればよかった。

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19:00過ぎに一回寝て、21:00過ぎに一旦起床。今こうして日記を書いている。

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こういった日記のような断片的なテキストは書きやすいから、トマス・エスカランテによる架空世界の事を断片的に記述していく《サーモン》も、もしかしたら、プロジェクト的にすれば、続くかもしれない。まだ続けるかどうかは置いておいて。

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意図的に休む時間というのが、僕にはほとんどない。これは、けっこう危険というか。夏あたりに調子が悪くなったのも、制作しすぎというのもあったかもしれない。アーティストでダンサーのAokidさんが休んだらと言ってくださって、スマホやパソコンを母に預けて、強制的に10日ぐらいSNSと制作を休んだけれど。今はSNSをやっていないから、ほとんど全ての時間を制作に費やしている。

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《0 km Residency》を10月の1ヶ月も第2タームとして、やってもいい気がする。特に変わったことはないけれど。告知は《Cream Soda Museum》でしかできなくなってしまったが。書いた《Yuichiro Nakamura Diaries》の日記を選択などで、編集して短くして、成果発表の作品とするのもいいかもしれない。

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Xかなんかで、けっこう前に千葉雅也さんが、「解像度が高い」とかは平倉圭さんあたりが言い始めたというようなことを書いていた気がする。解像度の高い日記を書きたい。作品性としての解像度の高さ。それは、文学性でもなく。物語性でもなく。美術的な視点での解像度の高さで。