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2026_10_03

朝4時すぎに一回起床。ポータブルCDプレーヤーでNala Sinephro「Endlessness」をまず聴く。そして、コーヒーをいれる。朝食にはまだちょっと早い。

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アーティストでPARADISE AIRのコーディネーターでもある、うらあやかさんたちがアートセンターオンゴーイングでつくったZINEが昨日届く。丁寧にお手紙なども入っていたので、メールでお返事をした。

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倉石幸彦のダンスを極めたい。極めるといっても、普通に上手いとかそういうのではなく、ああいうジタバタした感じで、でも、なんかいいみたいなところのポイントを確信犯的にできるようになりたい。

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お腹がすいたので、5時半に朝食。お粥とベーコンとキャベツにドレッシング。

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美大のある街や大都市ならまだしも、普通に街はけっこう、田舎でも、アートに東京的な価値観を求められるというか、地域のコミュニティ的なものでも、結局は東京的な価値観に回収されていて。たとえば、売れてるとか売れてないとか、一流と二流をしっかり分けるという価値観だったり。けっこう、そこらへんが僕が地域になかなか関われない理由だったりするかもなと。

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次は、またポータブルCDプレーヤーでNala Sinephroの「Space 1.8」を聴く。

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あとで、メディアテークの田中さんにラインを入れておかないと。今日ちょっとやっぱり行けないと。

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表現者というのを、普通は、表現メディアによって異なるという認識がやっぱり強いから、僕のようにいろんなメディアを使って表現している人は、やってることがわかんない、となりやすい気がしていて。でも、僕の活動も、問いという視点で見れば、「作者とは何か」という一つの問いに対する答えとして一貫していて、わかりやすいともいえる。そのまず、問いである「作者とは何か」という問題意識をしているんだということを伝えなくてはいけない。

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庭に出て、倉石幸彦のGarden Improvisations#0008》を踊って撮影。今日は、腕を上半身の手前の内側に寄せて踊るという箇所を少し意識したような気がする。

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楡木真紀の《自由日記》もあとで書きたいとは思っている。が、なかなかやる気が出ない。一度書き始めれば、やる気も出るとは思うんだけど。

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9時になったら、ツルハドラッグに行って、タリーズのアイスコーヒーを買おうと思う。それまで、コーヒーは我慢。

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僕は、活動量が多いと思われがちで、忙しいと思われがちだけど、確かにやることも多いのだが、部屋の中を音楽聴きながら、ぷらぷら歩いている何もしていない時間の方が圧倒的に長くて。生産的な時間よりも、そういう時間がけっこう大事な気はする。

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もう一度寝て、昼の12時過ぎに起床。ツルハドラッグにアイスコーヒーとランチパックを買いに行った。PayPayの残高があと300円ぐらいしかないから、セブンイレブンに行って、チャージしないといけない。

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とりあえず、楡木真紀の《自由日記》をいつでも書けるように、Macのメモ帳のページをつくった。これでやる気が出ますように。

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とりあえず、楡木真紀の《自由日記》は、半分ぐらいまで書けた。お昼ご飯を食べながら。もう半分ぐらいはあとでやろう。

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アマゾンで買った、ミュージックマガジンの2025年と2026年の1月号が届いた。とりあえず、ジャズとエレクトロニクスのベストアルバムのページをiPhoneで撮影。これを参考に、あとでSpotifyで聴いてみる。

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楡木真紀の《自由日記》が書き終わった。605文字。そこまで悪くはない。特に文字数を決めているわけだはないけれど。こうしてちょっとずつでも継続できれば、と思っている。

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今日か、明日あたりには、VOCA用のチケットもデザインしておきたい。どんな感じがいいか。シンプルにロゴとかレイアウトする感じでいいと思う。

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今日こそ、中村裕一郎の《Yuichiro Nakamura Smartphone Photos》の写真のレイアウトとアップをしたいとは思っている。できるかな。もう、しばらくアップできていない。別に急いでいるわけではないのだが。

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中村裕一郎の《Yuichiro Nakamura Smartphone Photos》のアップするための写真を正方形の白バックにレイアウトした。とりあえず、今のところ15枚。

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音楽を聴いて一休み。Sam Wilkesの「Wilkes」をポータブルCDプレーヤーで。

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中村裕一郎の《Yuichiro Nakamura Smartphone Photos》の写真のレイアウトが25枚まできた。この調子で、今日はアップはあきらめて、レイアウトに集中するか。

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茶の間に机をもう一つつくるのに、カインズの木でできたソーホースを買おうと思ったら、もう商品がなかった。なので、アマゾンでややごついアマゾンベーシックスのソーホースを買った。

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せんだいメディアテーク主催の大縁会で、僕は行っていないのだけど、ゲストのArt Center OngoingとArt Center Newのディレクターの小川希さんがポートフォリオを選んでくださったらしい。嬉しいことだ。去年も実は、東北芸術工科大の教授でアーティストの村上磁郎さんに選んでもらった。

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《Yuichiro Nakamura Ideas》のアイデアメモを一枚書いた。サウンドアーティスト系を増やしたいとか自分自身が前に出過ぎないようにすることの重要性など。

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中村裕一郎の《Yuichiro Nakamura Smartphone Photos》のウェブサイトにレイアウトした30枚の写真をアップした。今日は無理かなとも思ったけど、結局アップできた。

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中村悠一郎のウェブサイトに載っているステートメントも、ちょっとだけ違和感を感じるから、書き直したいとちょっと思っている。一貫性についてのところが、そもそも一貫性はそんなに関係ないのではないか、と最近思っているので。

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中村悠一郎のウェブサイトに載っているステートメントを少し書き直してみた。一貫性に二つのレベルがあること。作品のテーマやスタイルとしての一貫性、そして、中村悠一郎自身が問題意識を持っている「作者性の問題」という一貫性。この違いは大きい。でも、もう少し解像度高く書ける気がしているが。

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一貫性については、以前この日記でも書いたスタンリー・キューブリック的一貫性とウェス・アンダーソン的一貫性に近いことがいいたい。前者は大きなテーマや共通する問題意識などの一貫性。後者は目にみえるスタイルや形式的な一貫性。僕は、キューブリック的一貫性を持ちたいと思っている。

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でも、どうなんだろうな。キューブリック的一貫性とも別名義は違うんだよな。そこにフーコーの作者機能としての、作品の帰属先をたくさん分けているという方法論的な一貫性であって、問題意識もそうだけど、キューブリックのテーマ的な一貫性とはちょっと違う。

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そこらへんのことを考えていて、方法論的な一貫性なのではないかと思った。別名義という方法論は全ての作品に一応共通している。その方法論→制作→結果という流れで複雑な世界が生まれている。

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中村悠一郎のウェブサイトのステートメントを少し書き直した。特に方法論としての別名義という部分が重要なのかなと。一貫性についてはまだ触れたままだけど。