2026_10_11
日記を書くことによって、作者である自分と、観察者である自分というのが、少しずつ分裂していく。この分裂性というのが、僕の日記の本質的なところでもあったりするのかな。
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架空世界が記述によって生まれるというアイデアは、ルイス・ヘル・ボルヘスの『トレーン』という小説の架空世界からアイデアをもらった。僕は読んだことがないけれど。リサーチしていたら、出てきたので間接的に採用した。
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デスクトップがデータでかなり散らかってきた。そろそろ、整理しなくてはいけない。
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アイスコーヒーを一杯。寒いけど。エアコンをつけた。
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引きこもっていても活動はできる。《Yuichiro Nakamura Smartphone Photos》とかも僕的には続けたらすごく面白いと思うが、昔は、めちゃくちゃいろんなところに行って活動していたから、そのことが懐かしいと同時に、それが羨ましいというか。けっこう面白い写真がたくさんある。
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バーチャル缶詰という概念による《限界缶詰ゲーム 2》という遊びを今日はやりたい。もちろんVOCA用ではあるのだが。アーカイブをテキストのデータとして、記録として作品化する。
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Polypusというアーティストコレクティブもあるがどうしよう。「アーティストコレクティヴ。アーティスト中井佳一、老松孝志、島丸由一朗によるアーティストコレクティヴ。2025年結成。Polypusとは、古典ラテン語でタコという意味を持つ。採用した由来は多くの足を持つものであるということが、多くの可能性をもったプロジェクトを行うというコンセプトにふさわしいと考えたから。」スペース運営だとこっちの方が*Vikalpaよりはいいかもしれない。
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日記も続けるとしたら、ウェブサイトをつくりたい。代表的なイメージに近いものとして、哲学者の福尾匠さんが日記をウェブサイトで公開している。ちょっとデザインとか機能とかは違くなるとは思うけれど、イメージとしてはあんな感じ。
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安積永盛を散歩したいとずっと思っているが、散歩できていない。工業地域だからけっこう面白い写真が撮れるんじゃないかなと思っていて。前にも書いたけれど、コロナ禍のときに、街歩きを企画して、白河に住んでいたつちやさんたちと街歩きをした。そのときは、てりやきとして、一眼レフで抽象的な意識として、撮影していた。今回はスマホで具象的な意識で撮影したい。
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個々の作品自体の強度というのが、なかなか上げづらいというのが、別名義でやっている弱点ではあるなと思う。作品自体にかけれるお金が限られているとか時間が限られているとか。視デで教えてもらっていた、彫刻家の鈴木基真さんは、金・時間・頭どれかめっちゃ使えば、いい作品はつくれる的なことを授業でいっていて。確かにそうだなと思ったおぼえがある。
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美大のある街や大都市ならまだしも、普通に街はけっこう、田舎でも、アートに東京的な価値観を求められるというか、地域のコミュニティ的なものでも、結局は東京的な価値観に回収されていて。たとえば、売れてるとか売れてないとか、一流と二流をしっかり分けるという価値観だったり。けっこう、そこらへんが僕が地域になかなか関われない理由だったりするかもなと。
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今日は雨。台風が近づいているらしい。中村裕一郎の《Yuichiro Nakamura Smartphone Photos》のための写真撮影はできないな。
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とりあえず、楡木真紀の《自由日記》をいつでも書けるように、Macのメモ帳のページをつくった。これでやる気が出ますように。
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へへ・へペル・へへも同様に、へへ・へペル・へへが作品をつくるのではなく、へへ・へペル・へへの観測者でありアーティストの誰か別名義がへへ・へペル・へへを観測し、作品化するという方がいいかもしれない。