2026_09_10
確か坂口恭平が制作をすることで時間が伸びる的なことをいっていた気がするのだが、確かにそうで。日記などの執筆にしろ、制作にしろ、時間が伸びている気がする。ある種の充実感を味わえる。
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1時20分ぐらいに起床。早すぎた。あとでもう一回寝ることを仮定して過ごす。
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次々とウェブサイトを制作していると、次につくりたいウェブサイトをつくるアイデアが湧いてしまう。倉石幸彦もYoutubeじゃなくて、ウェブサイトにしたい気持ちもあるし、ファルーク・アッ=ダールィ・アル=ジナーンの2024年版photoshopのAIで制作しているパターンの経典『The Pattern Scriptures』のシリーズもつくりたい気持ちがある。要するに作品の数が溜まっているものはウェブサイトにしたいという。
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ちょっとまだ制作のモードになれないから、『Cream Soda Museum』を見返している。
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ノーム・チョムスキーの「言語と精神」という本が気になっている。こちらは、バチバチに理論というよりも、思想的なことが書かれているらしい。
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自宅を自分のためのアーティストインレジデンスにする『0 km Residency』を開始してからちょうど10日になる。時間が過ぎるのはあっという間だ。確かに日記とかを読み返してみると、時間は伸びているのだけど、振り返ってみるとあっという間だ。
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今日こそ、『Yuichiro Nakamura Ideas』のアイデアメモを書きたいけれどできるかな。日記がその機能を代替してしまっているところもあるし。
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蓄積が価値になるのは、他者にとって価値になるという意味もあるけれど、自分にとっても、その過去の作品を通して、過去にトリップすることができるという意味もある。時間が伸び縮みする。相対性理論みたいだな。
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時間のことでいうと、アンリ・ベルクソンの「時間と自由」を読んだことがある。あまり内容を憶えていないけれど、例えとして流星の尾を引くこととかが書かれていたような。あとはメロディについて。一音一音は独立しているのに、それが連なって、一つのメロディとして認識できる的な。
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僕は、かなり制作過剰であると思う。僕の場合、「つくりすぎないようにする」よりも、「つくりすぎることをどう作品の形式にするか」の方が重要かもしれない。あとは、整理能力を高めていきたい。
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中村裕一郎の『Yuichiro Nakamura Smartphone Photos』用の写真を10枚イラレでレイアウトしてアップ。ようやく100枚になったので、新しいページに移ることができる。この調子でどんどん進めたい。ただ見ている人がいるのかどうか。
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2025年の5月ぐらいに、そのときは松戸に住んでいたのだが、目黒でアーティストインレジデンスについてのイベントがあった。そこで、質問コーナーで、助成金などがどんどん減っている中でどう自治体とか制度側を納得させるか、的な質問があった。そこで登壇者のハイジ・ヴォーゲルさんは、ポストポンオーディエンスという考え方があるんだといい、今すぐには観客とか来場者数は増えないけれど、それをずっと続けていれば未来に増えるという、未来に増えるであろうオーディエンスを考えるという。それは、別にアーティストインレジデンスに限らずとも、僕のプロジェクトについてもいえるのではないか。いますぐにいいねやビジターが増えなくても、将来的に増えるという確信を持ってやるべきだなと。
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なんか自分がやっていることについてばかり語ってしまうとすごく意識が高い人みたいな感じがするのでやだな。
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朝食をとって、コーヒーを飲む。それから、また中村裕一郎の『Yuichiro Nakamura Smartphone Photos』用の写真を10枚イラレでレイアウトしてアップ。ページも2ページ目をつくった。今日はけっこう進めているな。
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前にも書いたかもしれないけれど、『Yuichiro Nakamura Smartphone Photos』は、5000枚ぐらいを目標にアップしたい。そのぐらいのプロジェクトとしての厚みがあるといいなと思う。
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反復することによって、一貫性というのは出ると思うから、複数の事柄について反復することによって、複数の一貫性を走らせることができる。この日記でも、前に書いたことを全く同じはどうかと思うけど、ちょっと変えて書いたりしてもいいと思う。同じようなことを考えているという自分がいるのは事実であるから。
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2015年あたりのiPhoneの写真を見返している。この頃は禅と路上観察にハマっていた。東京に住んでいたというのもあって、結構面白い写真が多い。やっぱ東京の方が情報量が多いしな。
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学生時代のノートから抜粋して『Yuichiro Nakamura Ideas』のアイデアメモに反映させようとしているけど、このようにして、既存の文脈から切り離されて、記述されたものというのがどのような新しい意味を持つのか、ということに興味がある。それは、中村裕一郎の『Yuichiro Nakamura Smartphone Photos』での空間的・時間的文脈から切り離されたスマホの写真の面白さとも繋がる気がする。
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あとで行けたら、外に散歩しながら、いつか中村裕一郎の『Yuichiro Nakamura Smartphone Photos』にアップするためのスマホの写真を撮影しに行こうかなと思う。若干熊が怖いけど、最近は出てないみたいだし。会ったとしても絶対死ぬというわけでもないし。
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「アイデアを寝かせる」ということが僕はほとんどない。結果として寝るというのはあるかもしれないけれど。もっとスローペースで寝かせるということをやってみてもいいのかもしれない。
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アイデアを寝かせるためにはどうしたらいいだろうか。CDを流しながら、家の中を歩くとか。アカシジアなのでいつも家の中を歩いているが。CDももっと色々欲しいな。けれど、少しお金が足りない。
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散歩に行きたかったけれど、外は雨だった。最近雨が多い。また明日かそのうち。
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ペリカン・アーカイブという名前は気に入っている。なぜペリカンなのかは僕も知らない。ただ、あのユニークな感じとか、かわいすぎない独特な感じのイメージというのが気に入っているのかもしれない。ペリカン・アーカイブの今後の展開もそのうち考えていきたい。どんなものがいいのか。
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『Cream Soda Museum』のアップをしたいのだけれども、なかなかできないでいる。はたしていつできるのか。
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Zero-Person Performance Art Festival実行委員会、中村雄一郎、Canned Jubilee Act、中村裕一郎、ペリカン・アーカイブの5項目『Cream Soda Museum』のアップロードの作業を行なった。やっとできた。一応インスタでも告知しておいた。
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まだ批評文は書けないかもしれないけれど、エッセイ的な論考とか、そういう長い文章も書いていきたい。今は平岡さんが言語化してくれていて、それはそれでありがたいのだけれども、それとは別に、一人で芸術生態系のようなものをつくりたいという気持ちがある。長い論考のようなものは、2021年に武蔵小金井のシャトー2Fでやった展覧会「Uncertain Borders」の記録以外書いていない。それも色々あって発表はしておらずで。
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『Cream Soda Museum』のカタログ的な本をつくりたいと思って貯金をしているけれど、もしかしたら本をつくることよりも、サイトをどんどん更新していった方がいいのかもしれないとちょっと思い始めた。というのも、やはり本はお金がかかるし、できたらできたでいいけれど、販売するという人とのコミュニケーションが必要だからというのもある。
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カタログの本をつくるのをあきらめたいという気持ちになってきたのも、一つに発信へのあきらめのようなものがあるような気がする。主にインスタでいいねが全然つかないことなど。
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今日はかなりの数の写真を中村裕一郎の『Yuichiro Nakamura Smartphone Photos』にセレクトしてパソコンにエアドロップした。前にも書いたけれど、意外と使える写真って少ないんだなと。5000枚もいけるかなあ。
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今まで読んだ本には必ず気になった文章に付箋を貼っているのだけど、そこの写真をiPhoneで撮って、テキストデータ化したい。クレマン・ベンヴェニストの『ペルプンパの森』をやっていなかったというのもあるし、エッセイとか論考的なテキストも書けるようになりたいからでもある。引用元として使用したい。
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こういった断片的な文章も先ほど書いたように、日付という時間的な文脈から切り離すことで、一つの自律したテキストとして扱うプロジェクトというか、名義を考えられないか。そして、さらにその断片をまたアッサンブラージュさせて、架空の日の日記をつくるとか。